東京高等裁判所 昭和26年(う)1101号 判決 1952年3月11日
控訴人 被告人 山本美明
弁護人 手代木隆吉
検察官 入戸野行雄関与
主文
本件控訴はこれを棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人手代木隆吉提出の控訴趣意書記載のとおりであるから茲に之を引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。
右控訴の趣意第一点について。
原判決挙示の原審公判廷における証人氏家正亀、同田中貞二三、同池田不二彦、同島田幸次、同郷田久代、同松田敏生、同今村重三、同笹川寅治郎、同島崎直平、同南丈夫、同鈴木九紫の各供述及び原審検証調書の記載を綜合すれば、被告人は昭和二十四年夏頃から判示のごとく(一)東京都杉並区高円寺六丁目七百十五番地及び(二)同所七丁目千三百番地先道路電柱に拡声器を取りつけ、放送宣伝をなしていたが、連日概ね午前八時三十分頃から午後七時頃までの間引き続き間断なく、放送が行われ、その音量は右(一)の拡声器から約四米を距てた松田敏生方喫茶店の二階窓硝子にビリビリ響く程度であり、同喫茶店と幅員四米の道路を距てた今村重三方では乳児は昼寝もできず又来客の声が聞き取れぬ程であり、又右拡声器附近の医師島田幸次方では聴診器並びに電話聴取に難渋し、又(二)の拡声器の存する地点から約四米を距てた薬局南丈夫方では同拡声器の高音のため電話聴取並びに来客の応対に支障を来し、その他右二個の拡声器の高音のため近隣住民は来客の応対(普通の声では話が聴き取れない)、電話、ラヂオの聴取、乳児の安眠、勉学に支障を来すため池田不二彦初め附近住民から挙つて所轄杉並警察署に右拡声器の音量を低くするか又はでき得ればその取り外し方を嘆願したため、昭和二十五年二月上旬頃から同年三月六日頃までの間数回に亘り所轄杉並警察署勤務巡査部長氏家正亀又は同署警部補田中貞二三らより右拡声器の音量を低くし近隣居住者の迷惑にならざるよう、異常に高音の放送をなさざるべき旨注意を受けたのに拘らず、被告人は之を肯ぜず従前どおり、異常に高音の放送宣伝を継続し、附近の静穏を害し、近隣居住者に迷惑をかけたことを認めるに十分であつて原判決には所論のごとく犯罪事実の認定に齟齬あることなく、その他記録を検討しても原判決に誤りは存しない。論旨は理由がない。
同第三点について。
論旨第一点において説示したとおり被告人が再三所轄杉並警察署勤務警察官から異常に高音の放送をなさざるよう注意を受けていたことは明らかであり、かかる注意は軽犯罪法第一条第十四号にいわゆる公務員の制止に該当するものと解するを相当とする。されば公務員の注意は受けたが制止は受けたことがないとする所論は到底採用し難い。したがつて原判決には所論のように法令の適用に誤はないから、論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 花輪三次郎 判事 川本彦四郎 判事 山本長次)
弁護人の控訴趣意
第一点原審に於ける犯罪事実の認定に齟誤あり、
(1) 本件犯罪の検挙は歎願書の提出に基くことは記録によりて明白なるが特に司法警察官が其の署名者中十数名より答申書なるものを徴し之れを以て犯罪確認の資料に供し居ることは之れ亦記録によりて明白なり。然るに答申書は司法警察官の指示通り記述せられたること、其の答申文言の同一なることによりて明白なり。而も右答申書中には事実に即せざるものありて事実の真相を誤れるものなり。
(2) 音量の高低につき何等の検討が加えられず只歎願書答申書証人の証言等を漫然綜合して高音なりと判断し居るも此等の証拠には矛盾するもの尠からざることは記録を通覧するにより明らかなり。
(3) 検証調書記載の事実は設置場所による音量の高低を羅列するのみにて本件犯罪の資料として直接何等の意味を為さぬ。
(4) 本件につき被告人には生ぬるい「注意」は為したる事実を認めらるも、之れを「制止」せる事実なし、単なる注意は本件断罪の資料たらず。
第三点法条の適用に誤りあり
軽犯罪法条一条第十四号には『公務員の制止もきかずに』と、公務員の「制止」をきかぬことを犯罪要件とすることは言うまでもない。而して「制止」と「注意」とは其の趣旨を異にすること亦言うまでもない。本件の場合「注意」はありたるも「制止」の無かりしことは記録上明白なり、従つて法律の適用を誤りたる判決として是正せらるべきなり。